2010年3月27日土曜日

Earth Diver



中沢新一著の「アースダイバー」を読んだ。
この本は、“やられたー”と言う印象を持った本である。それは、自分が日本にいる時にやっていたことを、見事にまとめてしまっているからである。

今日、この本を読みきり、巻末にあったアースダイビング地図(洪積台地と沖積低地を色分けした地図)を見たとき、思わぬ想像力が自分の脳裏に浮かんできた。
それは、“洪積台地が陸で、沖積低地が海で、もし人類(東京人)が半漁人であったならば、現在の東京がどういう歴史が展開されてきたのか?”である。
その概要は、こうである……
もともと半漁人は、海を中心に生活をしていが、陸を中心に活動する陸族と海を中心に活動する海族に分離。
海族は自由な気質を持ち、気性が激しい性格、陸族は穏やかで厳格な性格を持っていたため度重なる争いが行われていた。そのため、陸族は自由な気質を持つ海族を邪悪な存在と見ていた。
あるとき、陸地で生活する陸族が勢力を付け、陸と海の境目の地に都(皇居)を造成し、海族を支配下に収めた。陸族は、皇居前に東京、北の要の地に上野、南の要の地に品川などの都市を形成した。そして、海族の邪悪な気質を治める目的で上野に寛永寺、品川には芝増上寺を建立。
一方、海族は陸族の支配に対抗し、浅草、銀座、日本橋と言う一大海底都市を造り、見事な商業文化を発展させた。(浦島太郎の物語は、陸族と海族の物語であり、竜宮城は吉原遊郭、浦島太郎は玉手箱でお爺さんになったのではなく性風俗通いによる老化)
また、海族と陸族の自由な交流を生んだ都市も形成された。それは、洪積台地の入組んだ入り江に形成された自由都市である、六本木、渋谷。そこでは、自由で新しい文化が花開した。
時代は流れ、自由都市での交流が豊かになり海族と山族は和解。それを機に陸と海を結ぶ環状線である陸海線(山の手線)が開通し、自由都市への入り口である芝の岬に陸海記念タワー(東京タワー)が建設。そして、皇居から放射状に延びる陸路と陸海線が交差する場所に新しい都市である新宿や池袋が形成された。
現在、海族の念願であったシンボルとして、浅草近辺に海底タワー(東京スカイツリー)が建設されている。

東京は、いろいろな物語を編集できる豊かな歴史と地勢を持ったユニークな都市だ。

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