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2008年11月29日土曜日
2008年11月27日木曜日
2008年11月18日火曜日
『モダン・マルクス主義のシンクロニシティ』
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さて、この本に読み疲れて、ふとあとがきを読んでみたら、自分が今感じていることと同じことが書いてあって非常にびっくりした。
巨大な閉鎖空間の中に店舗をつくるやり方は、現在の日本のショッピングモールの空間に転用されている気がする。たとえば、お台場、あるいは横浜みなとみらい、南大沢、六本木ヒルズ、表参道ヒルズなど。しかし、日本のイベント的ショッピングモール空間は、資本主義のまがまがしさ度を越しており、巨大化した空間は安堵感などもうちょうがない。むしろ、画一さと大掛かりな装置となってわれわれを苛立たせる。そこで19世紀の人びとが夢見たようにまどろむことができるのであろうか。菅本康之『モダン・マルクス主義のシンクロニシティ』
映画、カメラ、電話、自動車、飛行機、工場、一気に新しいものが生まれた19世紀。現在はどうか、過去の遺産のデジタル化、効率化だけでなにも変わっていない。たぶん未来は19世紀に出し切ったのだと思う。だから今、私は19世紀の人びとが夢見たようにまどろむことができる何かを発見することが本当の未来だと考えている。
2008年11月17日月曜日
東大門のファッションビル
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韓国の社員にこの新しいビルのことについて聞いて見ると閑古鳥が鳴いているビルだそうだ。
近くにあるビルと同じコンセプトで新しい店を作っても客が来ないのは当たり前である。
韓国は、なにかが流行れば、わっと同じものを作ってしまうコピペ文化が特徴なのかもしれない。
東大門や明洞のファッションビルに行くと、“ブランド品ありますよ”とよく日本語で声を掛けられる。自分は“偽物を売る前に本物を作ったら”と心に思いながら、笑顔でその前を通りすぎる。
2008年11月15日土曜日
デーリム・アーケード
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都心部にこのような場所が残っているのはソウルの魅力かもしれないが、近い将来郊外に移転され、この場所は再開発によりその魅力が無くなってしまう。
かつてのチョンゲチョンもそうであった。川の上を通っていた高架橋の下は市場となっていて活気があり泥臭いイメージがあったと記憶している。
わたしはチョンゲチョンが嫌いである。あそこには水が流れているのではなく、人の汗が流れているから。
2008年11月13日木曜日
迷宮の時代
2008年11月10日月曜日
2008年11月7日金曜日
2008年11月5日水曜日
2008年11月4日火曜日
韓国の発明品5(발명품)
2008年11月2日日曜日
韓国の発明品4(발명품)
韓国の発明品1(발명품)
2008年11月1日土曜日
今日の夢(꿈)
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さて、引越しが終わった時間が丁度夕食の始まる時間だったので、大部屋では、夕食の支度が始まっていた。支度をしている人々は中国語を喋っていた、彼らはたぶん中国の朝鮮族の人々なんだろう。
夕食が終わり、大部屋では知人もなくみんな韓国人なので人見知り状態だった私は自分の部屋に戻り眠りについた。
……(自分は超高層マンションの最上階に近い階に住んでいた。そこからの風景は、このマンションと同じ高さの建物しか見えなく、つめたく、さびしい風景だった。下を見たがあまりにも視点が高いのでめまいがした)……
ふと起きてみたら。自分の布団の脇で、1人おばちゃんが布団もかけずに寝ていた。びっくりした私は大声を上げてしまい、その声でおばちゃんは起きてしましった。
「あ~ 寒い、寒い、ちょっと布団の中に入れて~」
と言って、おばちゃんは私の布団の中に入ってきた。
「あれ、日本語喋れるんだ」
「あ、わたし。ん、私は日本人でね、小さいとき朝鮮戦争のどたばたで孤児になり、ここで働いているんだよ」
そして、少しの会話を楽しんでいると。
「チンチャ、チュプタ(ほんと、さむいね~)」
言って、他の韓国人も布団の中に入ってきた。
ここの住民は、なんかみんな人懐っこい人々だ。
そうこうしているうちに、部屋の脇の廊下がなにやら賑やかになってきた。
私の部屋のドアの前を、カラフルで土着的な民族衣装を着た人々が、私に挨拶しながら通りすぎていく。
「さあ~さあ、君達早く準備しないと~」と彼らは言っていた。
そして、私は、民族衣装を着た人々の一行の後ろに着いていった。
細い路地を通りかかったとき、さっきのおばちゃんが話かけてきた。
「美川(ミチョン)って、風の成る風車(かざぐるま)の街で有名な場所なんですよ。」
「あ~。どっかのポスターで見ましたよ。小さな風車が町中に散りばめられているあの街ですね。」
そのような会話をしながら、彼らは大きな商店街の中に入っていった。終わり
夢から覚めて思ったのだが、夢で見た家はアジールだったのだろう。彼ら住民は、貧困、争い、人間関係など、なにか事情があって、ひとつの大きな家で共同生活をしているようだった。しかし、独特な民族衣装を着て興行の準備をしている彼らの姿は、生き生きしており、人間味のある温かい感性を持っていた。 そして、夢の中の人間味のある温かさと、その中の夢のつめたく、さびしい風景とのハイコントラストが非常に印象的だった。
写真は九老(グロ)工業団地で働く人々のためのアパート。たぶん。。
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